親が結婚相手を決める昔の結婚制度から学べることはあるのか?

私は映画オタクと言える位映画が好きですが、昔の日本映画を観ていると、親(家族)が娘の結婚相手を決めるという文化が一昔前の日本ではまだ根強かったということを再確認します。


「葛西君って言うらしいんだけど、帝大出で、出版社に勤めているらしいんだよ、会ってみないか」


「角の田中さんの知り合いにいいのがいるんだって。あんたもそろそろ行かなきゃいけない歳なんだから、今度会ってみなさい」 



一昔前の日本では、こんな会話が日常でなされ、本人はもちろん、会うことを勧める親さえあったことのない相手とお見合いをしていたわけです。

結婚は家族間のもので、個人間のものではなかったというわけですが、国や地域によっては、まだそんな制度が残っている所もあります。

例えば中東の国々では、まだそのような制度が根強く残っている地域もあります。

この、「家族間の結婚」の制度ですが、基本的にはお互いが会う前に色々な下調べが行われるのが常のようです。

例えば、ある男性がある女性を見初めたとして、その男性が自分の家族にその旨を申し出ると、家族がその女性の家族構成や職業や評判などを詳しく調べます。また、男性本人やその家族が、女性の家族(女性本人でなく)に会いにいったりします。ここで、女性の家族が男性の家族や職業などの事を詳しく聞き、また男性に結婚の意志があることを確認するわけです。

ここで両家が納得すれば、二人を含めて両家での食事会などが開催され、場合によってはその日に「二人だけで少し散歩してきなさい」などの配慮がなされ(笑?)、初めて二人きりの時間があったりして、後日「是非お願いします」などの公式なオファーが出され(仲介人を介すこともしばしばある)、正式に婚約となる、という感じでしょうか。

もちろん、時代や地域によって差はあると思いますが、上記の例は大体の流れを掴めていると思います。

ポイントは、デートをする前から結婚の意志、家族間の同意、仕事や人格の安定性・将来性、などが詳しい下調べ・準備によって確認されているということです。

これについて皆さんはどう思いますか?

「昔はひどかったなあ、個人の自由などというものがなかった」
「女性の権利というものがなく、女はいつも犠牲になってばかりだったのね、昔に生まれなくてよかった」
「自分の好きな人と自由に恋愛するという楽しみが人生になかったなんて、信じられない」

こういった風に思いますか? それとも、

「付き合う前から相手の人格や将来性が確認されてるなんて最高! いつもひどい男(女)とデートして、ガッカリして、っていう時間と労力の無駄を回避できるじゃん」

と思うでしょうか。

私も恋愛の自由や個人の自由に大賛成です。ただ、私はデーティング・コーチとして様々な方の恋愛を見てきていますが、現状を見ていると、今の女性や若いカップルがハッピーなのかというとそうとも言い切れないわけです。

例えばイギリスでは離婚率が最も高いのは二十代のカップルだという統計があります。しかも、結婚してから二年以内であることが多いという統計が出ています。つまり、いわゆる「ハネムーン期間」が終わったら、「この人とは合わない」と気付いた、というパターンが多いということだと思います。

昔の家族間婚姻の文化は、全ての労力が「カップルとして長期的にやっていけるか」という所を見極めるために使われていることが特徴です。 つまり、「恋の病」にかかって、相手の全てがバラ色に見えてしまっている若いカップルに代わって、家族が冷静な眼で長期的な可能性を判断したという事です。

「酒が好きか?」「学生時代はどんな人だったのか?」「どんな交友関係があるのか?」「勤めている会社はどうか?」「浪費癖はないか?」「どんな目標があるのか?」「どんな家族のもとでどう育ったのか?」「異性との関係はどうか?」

冷静な家族にとって重要なのはこういったことであり、「どれだけキスが上手いか?」など、短期的に重要なこと(笑)には興味がなかったわけです。

私は「どれだけキスが上手いか?」という事が重要じゃないと言っているわけでも(重要だと思います…)、昔の方がよかったと言っているわけでもありません。

ただ、昔の「古臭い」交際の考え方からもしかしたら学べる物があるのではないか、ということです。

結婚や家族・子供を作るという事を考えるなら、「長期的にこの関係が持続可能かどうか」という視点が絶対に必要だと思います。「恋の病」にかかっているハネムーン期間に色眼鏡を通して相手を見ている事を意識し、その色眼鏡を外してパートナーを見てみる努力をすることで、後々の大きな悩みの種を摘むことが出来るかもしれません。